パリとニューヨークで思考する

長年NYに暮らし、パリに住み、日本に戻ったアーティストの忘備録。

映画『アリー/スター誕生』の感想レビュー

話題になっていたレディガガの映画『A Star Is Born アリー/スター誕生』をNYで見た。

10月の公開時から、この映画が、イギリス舞台の映画『ボヘミアン•ラプソディ』と比較されていた。アメリカの批評家が、『アリー/スター誕生』は『ボヘミアン•ラプソディ』よりも優れていると書いていたので、「どういうこと?なんでそうなる??」と疑問に思っていた。今回、自分の目で見て確認したら、なぜ称賛されるのか、そのカラクリが分かりました!

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 { 注意:ネタバレ大いにあり }

映画が始まってすぐ、ブラッドリー•クーパーが、異様に低い声で強いアメリカ訛りをしゃべるのが、わざとらしくて鼻についた。テキサス男を演じているんだが、「俺って、ソウルに音楽が染み付いているんだよ。ハスキーボイスがセクシーでしょ?」みたいで、典型的な "白人女が夢中になりそうな南部ミュージシャン男" なのである。「うーん...わざとらしい。ステレオタイプだ」と、この喋りが耳障りだった。

弾いている音楽もよく聞くタイプで、「何だろうこれは...?パール•ジャムとかのつもりなんだろうか...?」と思った。(後で調べたら、やっぱりパール•ジャムのエディ•ヴェダーを参考にしたらしい!おまけにエディ•ヴェダー本人は、この映画に反対してたって!)

その後、主人公のアリー(レディーガガ) が登場する。初対面でなぜかブラッドリー•クーパー役に異様に気に入られ、急に自宅に高級リムジンのお迎えがやってきて、急にプライベート•ジェットに乗ってひとっ飛びし、そのまま急に何千人もの観客の前で歌い、大絶賛を浴びるのである。数時間前まで制服着てウエイトレスしてた人が、今、最高のコンディションで、アリーナ会場で熱唱しているのである。リハーサル無しで。

不自然きわまりない話の展開である。

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ディズニー配給か!?おとぎ話のような展開。アリーナ会場で大喝采のシーンなんて、ティンカーベルが出てきそうな "マジカル" 風味だったぞ。この映画が好きな人って、ディズニー映画が好きなんじゃないんだろうか?現実味のない、ありえないストーリー展開にイラつく。

「こんなに簡単に才能あるミュージシャンがすぐ見つかる世の中なら、3年おきに、デビッド•ボウイのような優れた人材がこの世に登場するわ!(現実はそうでない!)」と思った。

レディーガガに関しては、特に演技が素晴らしいという印象もなく、演技の余韻はない。ただ、歌ったときの声はでかく、声量はある。演技がフツーなので、歌で印象づける感じ。

映画全編を通して、ブラッドリー•クーパーとレディーガガの顔がドアップになって、語り続ける映像が続くので、感情移入ができなかった。二人の世界に入り込んで、酔いしれている感じなのだ。

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この映画は、『アメリカン•ナルシズム』というタイトルをつけたらいいんじゃないか?と思った。登場人物、特にブラッドリー•クーパーに対して、全く興味が持てなかった。「薬と酒に溺れ、どうしようもない奴で、でも愛すべきチャーミングな男」として、こういうミュージシャン像は、一部のアメリカ白人男のエゴを満足させる "かっこいい男像" なんじゃないかと思う。

ブラッドリー•クーパーの兄役として、その見た目と低い声で "男の中の男" のように崇められている俳優サム•エリオット(74!) が出ていて、"F*CK!""F*CK!"と15秒に一回 Fワードを連発し、「アメリカ式 無骨で強靭な男」を演じていた。兄弟の会話は "F*CK!" の嵐。

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一つ気になったことがある。レディーガガの才能を気に入ってレコード契約を申し込む若いプロデューサーがいるんだが、嫌味な敵役なんだが、これがロンドン訛りのヒョロヒョロな兄ちゃんなのだ。なぜこの俳優を起用した?せめてサイモン•コーウェル(イギリスの大物プロデューサー) に似た、50代の貫禄あるイギリス俳優を使えばいいのに。

つまりこの映画では、アメリカのバンドマン=ドラッグ中毒に苦しみセクシーな低い声で話す男気あるヒーロー、ロンドンの音楽関係者=鼻持ちならない喋り方の嫌味な若造、として描かれている。これもイギリス人のステレオタイプ?嫌がらせ?「この配役は、いやらしいな」と思った。嫌な役をイギリス人俳優に丸投げすることで、「アメリカは正義」的なイメージを保っている。この点でも、愛国心の強いアメリカ人から受けそうな設定だな、と思った。

この映画がアメリカの評論家に受けている理由は、アメリカ人のエゴを満たすエレメントが、たくさん詰まっているからだと思う。ディズニー映画的なおとぎ話、アメリカ式セクシーな男の英雄像、LGBTコミュニティ支持、F*CK連発の強い男性像、さらに一部の人の心をくすぐる「お約束な展開」がギュッと詰まった、美化された詰め合わせBOXのような映画だ。アメリカ人が「見たい」と思うような、英雄ストーリーなのである。

アメリカ文化が大好きな人は気に入るかもしれないが、私は心が動かなかった。むしろ「アメリカ第一主義」の排他的な作品だと感じた。1990年代に制作された映画なら、まあ理解できるが、2018年の作品なので、問題である。「アメリカ....変わらないな...」と呆れた。

 

ちなみに、ブラッドリー•クーパーが演技の上で手本とした、実在のミュージシャンのエディ•ヴェーダーとは、90年代のグランジ•ブームで人気が出た、パール•ジャムのフロントマンである。エディ本人は何の問題もない、いい人である。彼のライバルとされた、グランジ代表のニルヴァーナのカート•コバーンが、ドラッグに溺れて90年代に銃で頭をぶち抜いて自殺してしまった。最近も、数人のロックミュージシャンが自殺した。悲しいことだが「ミュージシャンあるある」的なネタである。しかし素人の監督がこんなテーマを安易に扱うのは、はっきり言って大変失礼な話だと思う。

↓↓ エディ•ヴェダーがこの映画に反対したことを伝えるイギリスNMEの記事

家に帰って確認したら、アメリカ人も同じ反応をする人がいて、Rotten Tomatoes の映画レビューサイトで、星1/2 とか星1つをつけてる人がわりといた。そういう人たちは一様に、この映画は"BORING (退屈)" と書いている。

とはいえ、"アメリカ文化讃歌" "アメリカ男讃歌"みたいな映画なので、多くの人は感動して絶賛している。

  

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